SNSがもたらす幸せと不幸:俯瞰する視点で見つめる現代の幸福論

SNSと幸福のパラドックス
SNSが普及してから、私たちの生活は劇的に変わりました。便利さとつながりをもたらしてくれる一方で、SNSには幸福を減少させる側面もあります。特に、人々がSNS上で目にする投稿が、無意識のうちに欲望や比較を生み出し、不幸を感じさせる要因になることが多いです。
私がオーストラリアに住んでいた頃、スマホが普及し始めた時期でした。当時の生活はシンプルで、SNSが生活の中心にあるわけではありませんでした。しかし、今ではオーストラリアを含め、どの国でもSNSが生活に深く根付いています。それが生み出す問題に各国が対応を模索しています。
オーストラリアのSNS規制
オーストラリアでは、子供たちを有害情報やSNSいじめから守るための新しい規制が導入されています。この規制では、SNS企業が不適切なコンテンツを削除しなかった場合、最大約50億円の罰金が科される仕組みです。このような取り組みは、子供たちが自己肯定感を失わないようにするための重要な一歩と言えるでしょう。
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SNS規制の背景
規制の背景には、SNSが若者のメンタルヘルスに与える深刻な影響があります。特に思春期の子供たちは、他人と自分を比較して自己肯定感を低下させる傾向が強いです。こうした負の側面に対処するため、政府が積極的に行動しているのです。
しかし、規制だけで解決できるわけではありません。もっと効果的な解決策は、SNSが作り出す「虚構の世界」を認識し、それを批判的に捉える能力を養うことです。
SNSが欲望を増幅させる仕組み
欲しいものが無限に増える現象
私自身、SNSを通じて欲しいものが次々に増える経験をしてきました。キーボード収集やバイクのカスタマイズに夢中になった時、SNSで見た情報が「これも試してみたい」「これがあればもっと良くなるかも」という気持ちをかき立て、終わりのない欲望の連鎖を生んでいました。
しかし、実際に手に入れるたびに、また別のものが欲しくなり、欲望には際限がないことを実感しました。この「もっと欲しい」という感情は、SNSが作り出す比較や理想によってさらに助長されるのです。
比較が生む不幸感
SNSは、自分が持っていないものを強調する装置でもあります。他人の投稿を見て「自分にはこれがない」と感じることが、不幸の種になりがちです。ただし、ここで重要なのは、SNSに映るものが多くの場合、意図的に「よく見せる」ために編集されたものであることを知ることです。
例えば、豪華な旅行や高級なガジェットの投稿も、それが日常の一部ではなく、切り取られた一瞬であることを認識するだけで、影響を最小限に抑えることができます。
幸福の新しい視点:「持たない自由」
「望まないものを持っていない」ことの幸福
幸福は、「持っているか」「望んでいるか」という2軸で考えられます。SNSの投稿に触れると、「持っていないもの」への欲望が刺激されがちですが、逆に「望まないものを持っていない」ことも大きな幸福であると気づくべきです。
例えば、高価なガジェットを持たないことで、余計なメンテナンスやコストに悩まされずに済むかもしれません。この視点を持つことで、他人との比較による不幸感を軽減できます。
SNSとの向き合い方:俯瞰する力を養う
SNSが私たちの生活に深く入り込む中で、俯瞰して見る力を持つことがますます重要になっています。
行動のヒント
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欲望を見極める
SNSで感じた欲望が、自分に本当に必要なものかを問い直してみましょう。他人の投稿に影響されていないか、冷静に判断する習慣をつけることが大切です。 -
SNSの使用時間を減らす
SNSを眺める時間を意識的に減らし、余った時間を趣味や家族との時間に充てることで、心の充実感を得られるはずです。 -
比較ではなく価値に目を向ける
他人との比較をやめ、自分の生活や環境の中で何が大切かを考える時間を持つようにしましょう。
まとめ:欲望ではなく、自分の価値を大切に
オーストラリアのSNS規制のような取り組みは、SNSが生む負の側面を軽減するための大きな一歩です。しかし、最終的には私たち一人ひとりが、SNSや欲望に振り回されず、自分らしい生き方を選ぶ力を身につけることが求められます。
私たちの人生は有限です。他人の「完璧な投稿」に囚われるのではなく、自分が大切にしたい人やものに時間を使うことこそが、本当の幸せに繋がるのではないでしょうか。